ニキビとともに歩んだ人生に終止符を

私も小学校の時分まではニキビとは無縁な日常を送っていたが、来る思春期・中学生に突入すると顔中にニキビが溢れ始めた。撫でれば特に何の引っ掛かりもなかったはずの肌はぼこぼこの感覚を指先から伝えてくるのである。

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その時の私はどうしたかというと、…特に何もしなかった。周りには同じようにニキビだらけの女子は多かったし、年齢的にはこうなるのも致し方ないのだろうと思っていたのである。そして同時に自分の顔面の造作についても一種の諦めに似た感情を持っていたので、今更肌の状態がどうしたところで変わりはないという思いもあった。

そう思いながら一年二年、高校、大学を経て気づけば二十代の半ばを過ぎても顔からニキビが消えることはなかった。果たして、自分は死ぬまで一生ニキビとともに暮らし続けるのだろうか、とでこぼこの頬と額と顎を見ながら決心した。いい加減ニキビを治そう、と。

それまでにニキビを疎ましく思う気持ちがなかったとは言わない。私が行ったのは、ネットで調べたニキビに効くと言われる市販薬の塗布である。効果はあった。あったが、塗ったそばから新たなニキビが出現する始末である。これだけではダメなのだ。塗っては増え、治ったと思ったら別の場所にニキビができる。ニキビとのもぐらたたきゲームに疲れ果てた私は結局のところ皮膚科を受診することを決めた。餅は餅屋、皮膚は皮膚科という訳である。

今までになぜ皮膚科を訪れなかったかというと、たかがニキビ程度で…という思いからであった。しかし、ニキビとともに生き、ニキビとともに棺桶に入る生涯を考えると、「ニキビ程度」ではなく大きな問題せあり、このままでは私の顔の主導権がニキビに握られる事態となる。もはやニキビへの思いは憎しみと言ってもよかった。

皮膚科の先生に思春期以来ニキビのない時はなかったと涙目で伝えると、先生はさっと診察した後に塗り薬とビタミン剤を処方してくれた。そしてヘラヘラ笑いながら「体に余分な栄養があるとニキビのエサになるのでダイエットしてください。」と言った。天啓を受けた気分だった。

今まで生きてきて、他人からダイエットをしろと言われたことはなかったが、運動をしない習慣を見抜かれていたわけだ。幸いなことにその時の私はNintendo Switchのゲーム「フィットボクシング」を購入したばかりであった。家に居ながらにしてボクササイズがいくらでもできる。早速帰宅した私は食事をとり、ビタミン剤を飲み、薬を塗り、そしてヘラヘラ笑っていた皮膚科の先生の顔を思い浮かべながらパンチを打ち込んだ。今思い出しても言い方が気に障って仕方がなかった。

そしてその生活を始めるとすぐにあれだけ頑固だったニキビは息をひそめた。やはり皮膚のことは皮膚科に行くのが一番だった。
しかし私の顔には長年ニキビとともに歩み戦ってきた証拠であるニキビ跡が多量に残ったままである。皮膚の赤みとシミこそがこれからの私と歩んでいく者たちなのであろう。別にこんなものは鏡を見なければ意識しないし、何かしら塗っておけば目立たないようにもできるからそこまでの問題ではない。しかしあの頃の、ニキビだらけだった中学生の頃の自分にもし伝えられるならば、皮膚科に行けば治るんだから行っておけと言えることができたなら、今の肌の状態はもう少しマシなものになっていたのかもしれない。そう考える日もある。